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桶川に「桶川飛行学校平和祈念館」 1カ月で全国から6000人が来館

正門から見た桶川飛行学校平和祈念館

正門から見た桶川飛行学校平和祈念館

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 熊谷陸軍飛行学校の分校の一つとして1937(昭和12)年に設置された桶川分教場が、「桶川飛行学校平和祈念館」(桶川市大字川田谷)として開館してから1カ月がたった。

兵舎棟で展示する飛行学校当時のテキスト

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 オープン前から多数の問い合わせがあったという同館。1カ月間で北海道や九州の熊本県など全国各地から約6000人が来館、戦後75年の節目の終戦記念日となった8月15日には526人が同館を訪れた。

 同館の前身である桶川分教場は陸軍航空兵を養成する教育施設で、生徒は航空機学や気象学などを学び、操縦訓練を受けた。その数は延べ1500~1600人と推定されている。太平洋戦争末期の1945(昭和20)年2月に熊谷陸軍飛行学校が閉校されて以後は終戦まで特別攻撃隊の訓練施設として使用された。

 戦後は一時、GHQが駐屯した後、大陸からの引揚者や生活困窮者の住まい「若宮寮」として多い時には64世帯、300人が暮らしたという。2007(平成19)年に最後の居住者が転居すると、その後、有志により結成された「旧陸軍桶川飛行学校を語り継ぐ会」が1万4000筆の署名を集めて建物の保存を求め、それを受けて同市が国から土地などを購入。足掛け10年で跡地の保存や活用に関する検討を重ね、復原整備工事を経て一般公開に至った。

 保存へのきっかけの一つとなったのは、同市が40年近くにわたって続けている「平和を考える10日間」事業。その一環として市民の戦争体験記を募集する中で機運が高まったという。館内には市民の戦争体験記をまとめた「いのちの伝言」も展示しており、閲覧や購入もできる。

 戦争関連資料を展示する兵舎棟では、飛行学校で使われていたテキストや当時の暮らしを再現した寝室などを見ることができる。中でも、同校で教官を務めた後に特攻隊長として戦場に飛んだ伍井芳夫大尉が、子どもに宛てた遺書(複製)には心動かされる来館者が多いという。「資料は編集すると本質が伝わらないことがある。本物が持つ力に気付かされる」と関根訪館長は言う。

 同館には子ども連れの若い世代の来館者も多いことから、今後は戦争や平和に関する書籍や絵本が読めるコーナーを充実させることも考えている。所沢市から訪れた夫婦は「戦争遺跡が少なくなっていくなかで、市民の声に市が応えて保存、復原されたのは素晴らしい」と驚く。関根館長は運営に際し「その当時、何があったのか。当時の人のお気持ちに沿えているのか。時間をかけて裏付けを調査しながら事実を語り継いでいく責任がある」と話す。

 開館時間は9時~16時30分。月曜(祝日の場合は翌日)、毎月月末(日曜の場合は開館)定休。入館無料。

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