伊奈町の有機農家「ないとう農園」(北足立郡伊奈町)園主の内藤圭亮(けいすけ)さんが6月4日、処女作「あほーだんす」で小島信夫文学賞を受賞した。ペンネームは「内藤農園」。
ないとう農園 量産から良産へ(画像提供=KOMICHI photograph)
小島信夫文学賞は全国に作品を公募し、新人作家の発掘を目指し小島信夫文学賞の会(岐阜県瑞穂市)が運営している。今回で12回目。岐阜県出身の故・小島信夫(1915~2006)は1954(昭和29)年、「アメリカンスクール」で第32回芥川賞を受賞、1965(昭和40)年「抱擁家族」で第1回「谷崎潤一郎賞」を受賞した作家で、前衛的な作風で知られる。
内藤さんは法政大学地理学科在学中に有機農業に出合い、卒業後に有機・自然農法の農家の元で研修後、伊奈町で就農し、2011(平成23)年、ないとう農園の経営を始めた。年間200品種ほどの旬の野菜を栽培する。2021年には「さいたま五つ星野菜」を設立し、有機農業法人として同農園を運営している。
文学賞に応募したきっかけについて、「小島信夫が好きで、たまたま文学賞のポスターを見かけて、その名につられて僕も何か書いて出してみようと思った。小島信夫は大学を出るか出ないかくらいのとき、好きな小説家の保坂和志さんの本に名前が出てくるので知った。小島信夫の『残光』と『微笑』がとびきり好き。僕はだいたい、でたらめに好きなところから本を読むので、小島信夫やサミュエル・ベケット、ウィトゲンシュタインなど、適当にページを開いたところ全部が面白いという本が気に入っている」と内藤さんは話す。
春に手紙が届き受賞を知ったという内藤さんは「初めて書いた小説で、まだ誰にも読んでもらったことがなかったので、賞をもらえたということは、少なくともちゃんと読んでもらえたという証拠だから、そのことがとてもうれしかった。そもそも忙しい農作業の、とりわけ忙しい時期に書いたので、そんなことをしている暇があるなら一粒でも多く種をまき、一つでも多く収穫をして家計につなげるようにと思われそうで、家族にも誰にも内緒で早起きして、早朝、収穫前に書いていた。妻には全く予想外の出来事だったと思う。母親は、僕が受賞できるくらいなら自分にもできそうだ、私も何か書いてみようかしら、と言っていた。今回書いた話には、野菜や土のことも出てくるので、農家の仕事ともつながっていると思う」と喜ぶ。
作品は「(作中では明記していないが)サミュエル・ベケットの『モロイ』に影響を受けた妹に影響を受けた主人公が、よその誰かに影響を与えるかもしれない」というあらすじ。内藤さんは「ベケットも小島信夫も絶対にかなわない前代未聞の小説家だが、多分彼らよりも野菜作りは僕の方が上手な気がして…そうとなれば、僕も何か書けるんじゃないかと壮大な勘違いをすることができた。書くこと自体がとても面白かったので今後も続けていきたい。僕の受賞が、小島信夫やサミュエル・ベケットの圧倒的な小説を読む小さなきっかけになればうれしい」とも。
妻の恵さんは「小説を書いていたなんて気づかなかった。好きな仕事ができて、好きなことで賞が頂けたなんて彼は幸せ者」とほほ笑む。