一般社団法人キャリカは、大学研究者との共同研究により、社交不安に関連する対人場面の困難を抱える方を対象として、アバターを介した自己表現のプロセスを検討しました。その成果が、査読付き国際論文として採択されました。 論文タイトルは「An Initial Exploration of Cognitive Changes in Avatar-Mediated Self-Expression Processes」です。収録する論文集は、SpringerのCommunications in Computer and Information Science(CCIS)シリーズから、2026年9月に刊行予定です。

3次元アバターをVRoid Studioで作成
アバター自己表現セッションのイメージ
本研究の特徴は、アバターによって社交不安が軽減したかを測定するのではなく、社交不安を抱える方が「話せるようになる前」の段階で、自分の声や話し方にどのような気づきが生まれるのかを、障害福祉の実践現場で捉えた点にあります。
現在、厚生労働省によると、2025年の民間企業における雇用障害者数は70万4,610人となり、過去最高を更新しました。2026年7月1日には、民間企業の法定雇用率が2.5%から2.7%へ引き上げられ、障害者雇用義務の対象も従業員37.5人以上の企業へ拡大しました。 こうした状況の中、本人に既存の対面中心の職場環境への適応だけを求めるのではなく、本人が能力を発揮しやすい働き方やコミュニケーション環境を検討する重要性が高まっています。
■本研究の3つの新規性
本研究には、次の3つの特徴があります。
1.研究室ではなく、障害福祉の実践現場で行った研究
本研究は、実験のために用意された一時的な環境ではなく、精神障害のある人が継続的に利用する地域の障害福祉サービス事業所で実施しました。 アバターを独立した治療技法として導入したのではなく、日常的な支援プログラムの中に、本人が希望して参加できる自己表現活動として組み込んでいます。 本人の生活背景を踏まえながら、自然な福祉実践の中で生じる変化を記録した点が、本研究の特徴です。
2.「効果」ではなく、行動変容が起こる前段階を捉えた研究
本研究が着目したのは、「不安が軽減した」といった目に見える変化が現れる前の段階です。 参加者が、自分の声の高さや話し方に注意を向け、表現方法を振り返り、「次はこのように話してみたい」と考え始める過程を整理しました。 明確な行動変容に至る前の「気づき」や「準備状態」を研究対象としたことが、本研究の新規性の一つです。
3.アバターを「別人」ではなく、本人の自己表現を媒介する存在として活用
本研究では、AIが本人に代わって話したり、合成音声が発言したりする仕組みを使用していません。 参加者は、画面に表示された自分のアバターを見ながら、自分自身の声で話しました。アバターのイメージに合わせ、声の高さや話す速さ、表現方法を本人が意識的に調整しています。 アバターは本人に代わって話す存在ではなく、本人と「話す行為」との間に入り、自己表現を支える媒体として位置づけられています。
■社交不安とは―「話したくない」のではなく、評価されることへの強い不安
社交不安とは、人から注目されたり、評価されたりする可能性のある場面で、強い不安や恐れが生じる状態です。症状が強く、日常生活に支障を及ぼす場合には、社交不安症と診断されることがあります。
人前で緊張すること自体は、誰にでも起こる自然な反応です。しかし、社交不安症は不安に伴って、動悸、発汗、手足や声の震え、顔の赤み、息苦しさ、頭が真っ白になるといった反応が現れることもあります。 その結果、人との会話や外出、発表、就職活動などを避けるようになり、本来持っている力を発揮する機会そのものが少なくなることがあります。 これは、単なる人見知りや、本人に話す意欲がないということではありません。

緊張して話せない様子
■なぜ「顔を出さずに話せる環境」が必要なのか
このような人に、最初から対面で話すことだけを求めると、本人にとって負担の大きい方法への適応を迫ることになりかねません。 一方、アバターを介したコミュニケーションでは、本人の顔や身体を直接見せずに、自分の声と言葉を使って他者と関わることができます。 見られる負担を調整することで、対面では言葉が出にくい人でも、自己表現を始めやすくなる可能性があります。
本研究では、アバターを対面場面から逃げるためのものではなく、本人が自分に合った方法で表現を試し、自分の声や話し方を振り返るための入口として捉えました。 自分に合った方法を選択できる環境をつくることが重要だと考えています。
■社交不安で対人場面の困難を抱える方がアバターセッションを体験
本研究には、障害福祉サービスを利用する2名が参加しました。参加者はいずれも、ひきこもりの経験と、社交不安に関連する対人場面の困難を抱えていました。 2025年12月に、各参加者へ2回ずつ自己表現セッションを実施しました。参加者はまず、自分を表していると感じる3次元アバターをVRoid Studioで作成しました。 セッションでは、画面に映る自分のアバターを見ながら、用意した内容を自分の声で話しました。アバターの口や上半身の動きは、カメラで取得した参加者の顔や頭部の動きと連動しています。各セッションの直後にインタビューを行いました。
■「別の自分として話す」経験が、表現への気づきにつながる
各セッションと直後のインタビューから、次のような特徴が確認されました。
・ アバターを介して「別の自分になったように感じる」という経験が語られた
・ アバターのイメージに合わせて、声の高さや話し方を調整していた
・ 2回目以降には、自分の表現を改善するための具体的な工夫が増えた
・ 今後試してみたい表現や活動についての発言がみられた
・ 他者から評価やフィードバックを受けたいという意識が表れた
・ 一方、日常生活の対人場面への明確な変化は確認されなかった
参加者は、アバターを使ったことで、直ちに不安や緊張が軽減したとは評価していませんでした。 しかし、回数を重ねる中で、自分の声、話し方、見せ方を意識し、「どのように表現すればよいか」を振り返る発言が増えていました。 本研究では、この変化を「効果が出た」と結論づけるのではなく、自己表現そのものが本人の意識や振り返りの対象になり始めた、初期的な段階として捉えています。 ただし、本研究が捉えたのは初期的な変化であり、就労や職場定着につながることを示したものではありません。一方、アバターを介して話し、自分の表現を振り返る経験を重ねることが、将来的にオンライン業務へ参加するための準備となる可能性があります。
■「顔を出さずに話せる」から「顔を出さずに働ける」可能性へ
アバターは、娯楽やオンライン交流のためだけの技術ではありません。
現在、コンビニエンスストアなどの接客現場でも、アバターを活用した遠隔接客が行われています。 例えばローソンでは、オペレーターが自宅などから勤務し、店舗内のモニターに表示されたアバターを通じて、売場の案内やセルフレジの利用方法の説明などを行っています。 これは、アバターを介した仕事が将来の構想ではなく、すでに実証実験として実際の店舗で運用されています。将来的には、店舗での遠隔接客だけでなく、オンラインでの受付、施設や観光地の案内、商品説明、問い合わせ対応、当事者経験を生かした相談や情報提供などへの展開も考えられます。
出典: 株式会社ローソン「<北海道>デジタル技術で新たな接客と多様な働き方の実現を目指して、北海道内のローソン店舗に初めてアバター接客を導入」 2026年7月10日 https://www.lawson.co.jp/company/news/detail/1529939_2504.html

アバターで会議に参加する様子
従来の就労支援では、本人が既存の対面中心の職場環境に適応するための訓練が中心となる場合があります。 これに対してアバターの活用は、本人だけを変えようとするのではなく、顔を出さなくても能力を発揮できるように、「働く環境やコミュニケーションの方法を変える」という発想です。 環境を捉え直すことは、障害のある人の就労機会を広げるうえで重要な視点です。
ただし、本研究が捉えたのは初期的な変化で、就労や職場定着につながることを示したものではありません。 しかし、アバターを介して安心して話す経験を重ねることが、将来的にオンライン業務に参加するための準備となる可能性があります。
もちろん、アバターを使えば、すべての不安がなくなるわけではありません。 遠隔接客でも、相手の反応に合わせた受け答え、予想外の質問への対応、仕事として評価されることなどが求められます。自分の声を聞かれることや、機器の操作が負担になる人もいます。 そのため、アバターを使うことを一律に勧めるのではなく、本人の希望、不安の内容、得意なこと、必要な配慮を確認しながら、段階的に経験できる仕組みが必要です。
■研究の限界と今後の展開
本研究は、少数の参加者を対象とした探索的研究です。そのため、アバターの使用によって社交不安や緊張が軽減することや、実際の就労や社会参加につながることを証明したものではありません。今後は、対象者や実施回数を増やし、アバターを介した自己表現の経験が、対人場面での自信や次の行動にどのようにつながるのか、また、どのような人に適した方法であるのかを検討していきます。
本論文の筆頭著者である松岡は、次のように述べています。「アバターを使えば、すぐに不安がなくなるわけではありません。しかし、対面では話すことが難しい人が、まず自分の声で話し、自分の表現を振り返る。その経験が、次の行動に向かう準備となる可能性があります。『顔を出さなければ話せる』という方の“話せる方法”を、単なる練習で終わらせず、社会とのつながりや、その人が力を発揮できる働き方につなげていきたいと考えています。一人でも多くの方の新たな一歩を後押ししたいと思っています」

一般社団法人キャリカ 代表 松岡広樹
タイトル:An Initial Exploration of Cognitive Changes in Avatar-Mediated Self-Expression Processes
筆者:Hiroki Matsuoka, Risa Horikiri, Sachi Takaku, Saki Orihara, Motoki Sakai and Masaki Shuzo
査読付き論文として採択:2026年1月30日
国際ワークショップでの発表:2026年3月10日
論文集:Persuasive Technology. PERSUASIVE 2026 Satellite Events Springer Communications in Computer and Information Science(CCIS) 2026年9月刊行予定
出版社:Springer
論文集URL:https://link.springer.com/book/9783032272348
書店URL:https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-02-9783032272348
■研究倫理について
研究参加者には、研究目的、データの利用方法、匿名化、研究への参加が利用中の福祉サービスに影響しないことを説明し、同意を得ました。公表にあたっては、個人が特定される情報を削除しています。
■一般社団法人キャリカについて
一般社団法人キャリカは、埼玉県草加市と東京都足立区で、自立訓練、就労移行支援、就労定着支援、就労選択支援を提供する障害福祉サービス事業者です。 障害のある人が自分らしい生活と働き方を築くことを支援しています。障害福祉の実践と研究を結びつけ、支援の質の向上と社会への還元に取り組んでいます。
■本件に関するお問い合わせ
一般社団法人キャリカ キャリカあだち(就労移行支援・自立訓練(生活訓練))
所在地: 東京都足立区千住1-11-2 Jプロ北千住ビル6階A
メール: info@careco.or.jp
電話番号:03(6806)2616
担当者: 堀切里紗・松岡広樹